9・11から7年。森達也氏の本に思う事。

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ちょうど7年前、たまたま自宅にいた僕は、日頃はつけないTVをたまたまつけていた。

突然のニュース。NYの世界貿易センタービルに1機のハイジャックされた旅客機が突っ込んだとの報道があった。これは大変な事が起きたと、ニュースに釘付けになっていると、ちょうど現地の様子をバックに外国人のレポーターが現場の状況などをレポートしている際に、もう1機、世界貿易センタービルに突っ込んだ。まさにその時、多くの人がそうで有る様に、僕もまた歴史的な瞬間をテレビ越しではあるけれども、目撃した。

その惨事たるやまだ記憶に新しく、その後、当時の(今もだけど)大統領であるブッシュが主犯格とみられるビンラディン、アルカイダへの報復を開始。アルカイダに支援をしたと言う名目でアフガニスタンやイラクを攻撃した。

その後の展開は恐らく僕よりも皆さんの方が詳しいと思うし、少し検索をすればかなり詳しい説明が他のサイトにもあるだろうから、割愛するとして、たまたま最近読んでいた本、「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」について少しふれてみたいと思う。

この本は、ディレクターで映画監督の森達也氏が様々な紙面にちょうど9・11の頃、つまり7年程前に書いた記事をかき集めた様な作品になっている。

かき集めと言うと言葉は悪いが、内容としては彼の映画作品「A」と「A2」を取り巻く出来事を通して、今の日本、アメリカが置かれている不安な状態について書かれている。また、なぜオウム事件は起こったのか?オウムから見たあの事件はどうだったのか?9・11前後のアメリカについての考察はとても興味深い。

森達也氏曰く、

オウム事件をきっかけに日本社会は他者に大しての不安と恐怖が昂揚し、その帰結として他者への想像力を急速に失った。そしてこの欠落は、そのまま9・11以降のアメリカに重複する。アフガニスタンに暮らす人々の営みに想像力を持てば、空爆ができるだろうか?もしビンラディンがフランスに潜んでいたら、ブッシュはフランスを空爆するのだろうか?世界を正義と邪悪とに区分することで、アメリカは大切なことを失い続けている。

(「世界は豊かだし、人はもっと優しい」文庫版37ページから引用)

まさにである。9・11をきっかけに、アメリカは「ビンラディンは悪。それを支援した国も悪。」と言う、まるで戦隊ものの様な正義感を発揮し、中東にて多くの人を殺した。殺された人の中には、軍事従事する人だけではなく、多くの民間人も含まれていた。戦隊ものの様な正義感と言ったけれども、これはあくまでも誇張ではなく、戦隊ものの中に出てくる様な、正義と悪との非常にコントラストが強い対比がそこには象徴の用に存在するのは確かである。

ただ、世の中はそんなに明確にコントラストが強い事ばかりでは無い。むしろ、コントラストが弱く、非常に曖昧なケースの方が多いのではないだろうか?

オウム事件や911を起点に、様々な事が劇画的と言うか、戦隊もの化していると感じる今日このごろ。テレビを見れば肯定する隙を一分も与えない様なすごみで悪を誇張するキャスターがいて、それを何のためらいもなく受け入れる視聴者がいる。

これらの出来事を越えて、世界は、日本はだんだんと思考停止状態になってきているのではないか?そう思わざるを得ない。

9・11に関して言えば、僕らが今すべきことは、メディアの報道だけを受け入れるのではなく、巻き込まれた人々の無念であり、家族の無念。そして、一方的に全体が悪と決めつけられてしまったイラクやアフガニスタンで生活する人々の幸せそうな日々を思う事、イラクやアフガニスタンで生まれ、育つ子供達の純粋さを受け入れる事なのではないだろうか?

9・11以降起こっている本質的な変化、日本に起こっている思考停止の現状を止める事が、今生きている自分達に求められる事なのではないだろうか?

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